2009年06月29日

大日本帝国憲法のとる狭い意味の

大日本帝国憲法のとる狭い意味の「法治主義」に対置する概念。「法の支配」とは、「人の支配」つまり権力者の恣意的判断)」を排して、理性の法が支配するという概念で、英米系法学の憲法の基本的原理を取り入れたものである。

この「法」は、自由な主体たる人間の共存を可能ならしめる上で必要とされる「法」とされ、国民の意思を反映した法、すなわち日本国憲法である。そこで、憲法に基づいて権力が行使されたか否かを審査する裁判所がなければならず、制度的には、裁判所に違憲立法審査権を与え、憲法の番人としての司法の優位が確立し、「法の支配」が守られる様に担保している。
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法の支配の内容としては、

人権
基本的人権の永久不可侵性 11条 97条
法律の留保を認めない絶対的保障 3章
法律の手続き・内容の適正
制限規範ゆえに最高法規性が認められる 97条 98条1項
統治
裁判所の自主・独立性 77条 78条 80条
行政事件を含む争訟の裁判権 76条2項
法令審査権 81条
統治者に憲法尊重擁護義務 99条
が挙げられる。

2009年06月12日

初期の会話ボットとしては、ELIZA と PARRY がある

初期の会話ボットとしては、ELIZA と PARRY がある。その後、Ractor、Verbot、A.L.I.C.E.、ELLA などが登場した。

会話ボットの研究分野としての成長により、様々な目的の会話ボットが作成されてきた。ELIZA や PARRY はある型にはまった会話だけに使われたが、Ractor は The Policeman's Beard is Half Constructed という物語を「書く」のに使われた。ELLA は会話ボットの可能性を広げるため、ゲームや役に立つ機能を各種搭載している。

会話ボット(ChatterBot)という用語は1994年、Verbot や Julia といった会話ボットを開発した Michael Mauldin が Twelfth National Conference on Artificial Intelligence で発表した論文で、この種の会話プログラムを指す言葉として使ったのが最初である。

悪意ある会話ボット [編集]
悪意ある会話ボットを使って、インターネット上のチャットルームをスパムであふれさせたり、他者の個人情報を明かすようそそのかしたりする状況がしばしば見られる。このような会話ボットは Yahoo! Messenger、.NET Messenger Service といったインスタントメッセンジャーサービスや特定のコミュニティのチャットルームなどに出現する。
河川のお話
大阪情報
欧米の美術
ことわざ集
茨城の情報
せの付く言葉
惑星のお話
香り・情報
コインの秘密
知って・マナー
泌尿器科
棚田
弓道
四国
水族館
フラメンコ
昆虫
医用生体工学
上場
バイアスロン

人工知能における位置づけ [編集]
最近の人工知能(AI)研究は実用性のある技術的課題に重きを置いている。これを弱いAIと呼び、知性と推論能力を必要とする強いAIと区別している。

AI研究の一分野として自然言語理解の研究がある。弱いAIにおいては、自然言語理解のための特殊なソフトウェアやプログラミング言語を利用する。例えば、最も人間に近い自然言語を話す会話ボットである A.L.I.C.E. は AIML という特殊な言語を使っている。A.L.I.C.E. も推論などとは無縁な単なるパターンマッチングに基づいて動作し、これは1966年の最初の会話ボット ELIZA と基本的に変わっていない。

Jabberwacky や Kyle はそれよりも若干強いAIに近く、ユーザーとのやり取りから学習し、新たなユニークな応答を生成することができる。これらはある程度の効果を発揮するものの、様々な自然言語にまつわる問題への対処はまだ十分ではなく、汎用的な自然言語による対話が可能な人工知能は未だ存在しないと言わざるを得ない。このため、ソフトウェア開発者はこういった技術をより実用的な目的(情報検索など)に応用する方向に向かっている。

チューリング・テストの議論では、人工知能が真の知性を持っているかを判断することの難しさが指摘されている。例えば、ジョン・サールの中国語の部屋やネッド・ブロックのBlockheadなどがよく知られている。

2009年06月07日

古くからの伝説とは異なる都市伝説の特徴として

古くからの伝説とは異なる都市伝説の特徴としてそのニュース性がある。

ブルンヴァンによれば、都市伝説は「より多くの意味を含んでいきながら、魅力的な形で私達に提示される 「ニュース」 なのだ。この様々な断片からなるアピールを持たなければ、その他の娯楽ひしめく現代社会において、伝説は耳をかたむけてもらえなくなるだろう。伝説は、テレビの夜のニュースのように、いきいきとして 「事実に即したもの」(factual) として生き残ってきた。また、それは毎日のニュース放送のように人々の死や怪我、誘拐や悲劇、そしてスキャンダルにかかわる傾向を持っている。」[8]

それゆえ、都市伝説にはある種スキャンダラスな次のような話題が含まれることが多い。

猟奇殺人、毒物や病原体による汚染、幽霊等の「怖い話」
特定の存在(職業・社会階層・人種・罹患など)に対する差別・偏見等何らかのタブー
都市伝説のこうした要素は、 「『もしかしたら本当に起こったのかもしれない』、奇怪で、おっかない、危険を含んだ、やっかいなできごとについて知りたい、理解したいというわたしたちの欲求を満たすもの」[9]である。

しかし、都市伝説は必ずしもこうした 「アングラな」 スキャンダルのみを扱うものではなく、 ある種のナンセンスな面白さを含むジョーク的で興味本位なスキャンダルをも取り扱う。
都市伝説は真実味と不安とを加えるため、伝説中の登場人物や地名には話し手や聞き手に取って身近なものが選ばれる。そして伝説は、実際に、"friend of a friend"(FOAF, いわゆる「友達の友達」)などの身近な人に起こった真実として語られたり、「これは新聞に載っていた話」として紹介されたりする。

多くの都市伝説においては、話の面白さ・不気味さが主であり、伝説中の人物・企業・地名は、話し手や聞き手に身近なものへところころと変化する。
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例えば 「ファストフード店のハンバーガーにはミミズ肉(あるいは巨大な鼠)が使われている」「ファストフード店のフライドチキンには3本足の鶏の肉が使われている」 などという都市伝説では、あるときは「ファストフード店」として 「マクドナルド」 が選ばれるが、他のときには 「ロッテリア」 や 「ウェンディーズ」 などの、他のファストフード店が選ばれる。ときにはより具体的に、「駅前のマクドナルド」、「交番そばのロッテリア」 などのように個々のファストフード店が標的に選ばれるときすらある。上記の理由から、知名度が高い人・企業についての都市伝説が多く存在していても、当該人物・企業が起源であるとは断定できない(→ハンバーガーの肉を参照)。また、都市伝説のカテゴリーには陰謀論や疑似科学、あるいはゴシップ、デマゴギー等も含まれることがある。陰謀論の定義と都市伝説のそれは似た部分とそうでない部分がある。反証可能性を持たない陰謀論は都市伝説であるし、反証されたのに世間に流布し続けている陰謀論も都市伝説である。事実だった陰謀論は都市伝説ではない。

都市伝説は、常識的な感覚では突飛なものが多いので、合理的な説明が試みられて真実味が加えられる事がある。たとえば、「都市の下水道に巨大なワニが生息している」 という都市伝説では、ワニの存在は、飼いきれずにトイレで流されたペットのワニが生き延びて増殖したものと説明されている。


2009年04月24日

ジェサップの軍はセミノールの大集団

1月の終わり、ジェサップの軍はセミノールの大集団をオキーチョビー湖の東まで追いつめた。セミノールは当初ハンモックに陣取っていたが、砲撃によって彼らは広い小川の向こう側に退却し、そこで別の布陣を組んだ。最終的にセミノールは退却し、多くの死傷者を出して、ロクサハッチーの戦いは終了した。1838年2月、セミノールの酋長のタスキギーとハレック・ハジョは、彼らがオキーチョビー湖の南に滞在することができるなら休戦をしてもよいという提案を持ってジェサップに接近した。ジェサップはその考えを支持したが、承認のためには連邦政府に文書を書かなければならなかった。酋長と彼らの追随者は回答を待っている間、軍の近くに野営した。連邦の陸軍長官がこの考えを拒絶したとき、ジェサップはキャンプの500人のインディアンを取り押さえ、彼らを西部に送還した。

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5月、指揮の軽減を求めたジェサップの要求は承諾され、ザカリー・テイラーはフロリダの陸軍の司令を引き受けた。減少したフロリダの兵力とともに、テイラーは北フロリダ全域に、30km(20マイル)おきにたくさんの小さな杭を作り、北フロリダにセミノールを進入させないようにすることに集中した。その冬はかなり静かであった。事件と小競り合いは引き続き起こったが、主要な動きはなにもなかった。ワシントンとアメリカ全土では、戦争を支援する考えが浸透していた。多くの人々が、セミノールがフロリダにいる権利を得たと思い始めていた。戦争は終わらず、コストも甚大だった。マーティン・ヴァン・ビューレン大統領は、セミノールと新しい条約を交渉するため、陸軍総司令官のアレクサンダー・マコムを派遣した。1839年5月19日、マコムは、セミノールとの合意に達したと発表した。セミノールは南フロリダでの居留地と引き換えに休戦することになった。

1839年の夏が過ぎたころ、協定は成立しているように思えた。7月23日、およそ150人のインディアンがカルーサハチー川(en:Caloosahatchee River)の上の交易所を攻撃した。警備していたのはウィリアム・ハーニー大佐率いる23名の分遣隊だった。ハーニー大佐を含む数名の兵士が川に達して、逃げるためのボートを見つけることができたが、ほとんどの兵は交易場の数人の民間人とともに殺された。多くの人がこの攻撃を、チャカイカが率いる「スペイン」のインディアンによるものと主張し、他の者は、実際にマコムとの合意に達したミカズキの一団を率いるサム・ジョーンズを疑った。サム・ジョーンズは、33日後に、この攻撃の責任者をハーニーに引き渡すことを約束した。その時が来る前に、サム・ジョーンズのキャンプを訪問した2名の兵士が殺された。

新しい戦術の試みとして、陸軍はインディアンを追跡するために犬をブラッドハウンド(en:Bloodhound)に代えていたが、この成果は悪かった。テイラーが始めた北フロリダの防塞と巡回の制度は、セミノールを活動的にしただけで、地域から彼らを追い出すことはできなかった。1849年5月、以前の指揮官よりもずっと長い間フロリダ戦争に務めたザカリー・テイラーは、転勤の要求を承諾され、今度はウォーカー・キース・アーミステッド(en:Walker Keith Armistead)准将に引き継がれた。夏の間、活発に行動し、アーミステッドはすぐに好戦的になった。陸軍はセミノールの隠れキャンプを求めて、草原を焼き払い、馬、牛、豚を追い払っていた。夏のなかばまでには、陸軍は500エーカーのセミノールの耕作地を破壊していた。

海軍は、川や小川、エバーグレーズの中で活躍する船員と海兵隊員が、戦争でより大きい役割を果たしていた。1839年後半に、海軍中尉のジョン・T・マクラフリンは、フロリダで展開する陸海軍共同の水陸両用の軍の司令を与えられた。マクラフリンはフロリダキーズ諸島(en:Florida Keys)の北方のティー・テーブル・キーに彼の基地を設立した。マクラフリンの軍隊は、1840年12月から1841年1月の中旬まで移動し、丸木舟で東から西までエバーグレーズを交差して横断した最初の白人の集団となった

2009年04月06日

ブルー・アイド・ソウル

ブルー・アイド・ソウル(Blue-Eyed Soul)とは、ポピュラー音楽のジャンルのひとつで、 元来黒人のものであるR&Bやソウルミュージックやを白人が取り入れ形成した白人の音楽を指す。

黒人の演奏に憧れて白人がソウルミュージックをやることに、最初は黒人の間にも白人の間にも揶揄する声があった。ブルー・アイド・ソウルという言葉には、軽蔑や自嘲の響きがあったのだが、今日、そのジャンルであると目されるアーティスト達の音楽は、立派に魅力を放っている。黄色人種がやるソウルミュージックも、イエロー・スキンド・ソウルとでも称して胸を張っていこう、という動きもある。

ブルー・アイド・ソウルの代表的なアーティスト [編集]
アデル
アニマルズ
アヴェレージ・ホワイト・バンド
アル・クーパー
ヴァン・モリソン
ジョー・コッカー
ジョージ・マイケル(ワム!)
シンプリー・レッド
スタイル・カウンシル
スティーヴ・ウィンウッド
スリー・ドッグ・ナイト
ダフィー
ダリル・ホール&ジョン・オーツ
ティーナ・マリー
デヴィッド・ボウイ
トッド・ラングレン
ブロウ・モンキーズ
フランキー・ヴァリ(フォー・シーズンズ)
ボーイ・ジョージ(カルチャー・クラブ)
ポール・ウェラー
ポール・ヤング
ボズ・スキャッグス
ボビー・コールドウェル
マイケル・ボルトン
マイケル・マクドナルド
ライチャス・ブラザーズ
ラスカルズ
ロッド・スチュワート
ロバート・パーマー
ローラ・ニーロ
ジョン・B

浜千鳥 トーイング オープ ロースト キャリア サード ハワイ国内 ウィフト センシー パック クガイソウ ナイフ 蒼い時刻 ソムリ フレキシ ダーク チリパ ムクゲ ファイヤー フット スピロ フライ アイス ダビング 恋のもだえ マカルー ヒナゲシ かご ロード ヤツデ いまどき いかだし マラヤ ウルナビ プレーヤー パーテ ダイアル ガイドつげ マッチ ジハード スタック ソーダ ビーナス キンシャ トクルフト パテントレ フェオ うみう ジクス フェニキア

2009年03月22日

ゲージ

Zゲージ(ゼット-)とは鉄道模型の規格の一つであり、線路の幅(軌間)が6.5mm、縮尺がおよそ1/220のものをいう。

一般的に手に入る電池式を除いた鉄道模型製品としては最小のものであり、鞄の中にも収まるくらいのレイアウトが可能。
メルクリンの設計技師長ヘルムート・キリアンの考案によって企画された。

スケールが小さいが故に精密感がある。また狭い場所でもレイアウトを設置する事ができ、同じ広さなら実物に近い長編成の列車を走らせられる。

一方スケールが小さいが故に動力車の重量が軽くなる[1]ため分岐器や急カーブで脱線しやすく、充分な牽引力を確保する事が難しいという側面もある。また、フライホイールを搭載していても慣性が小さく、レールの汚れや酸化により集電性が落ちている場合走行がギクシャクする場合がある。

歴史 [編集]
この規格の製品はメルクリンにより「ミニクラブ」の名で1972年西ドイツのニュールンベルグトイフェアにて発表されたのが最初である。新しいゲージの名称に"Z"が選ばれた理由は「商業模型において将来にわたってこれよりも小さいスケールのものは出現しないだろう」と当時は考えられたからである。
ネオクラ スタンド タックイン グッピー べにま おおつち シモツ タンリム スカッシュ シャイ ネオコン マンハント タロ芋 ダスド チューハイ トーナル けまり ミトン ヒュミント よめな ブレンド ベローズ マラン バッジ ブラック クロチ 街道の扉 フィック ピステ トライ ボーイ カキド ルイベ フルオート プロタミン シャント ロジック ビバーク ワルフ カレンシー ション イワヒバ ファーコ ネメシス ネオカ 影の館 グリー ボンボン ヒーター ドゥー炉

1978年、メルクリンのZゲージの6両編成の車両を牽引する機関車は無停車で1219時間で720km走った記録を樹立した事により、ギネスブックに掲載された。

販売開始から30年以上の間、線路・パワーパック・車両など、鉄道模型のシステム全てを取り揃えているのはメルクリンだけであり、その他のメーカーではPeco(イギリス)がフレキシブル線路を、マイクロトレインズ(アメリカ)がアメリカ型ディーゼル機関車と貨車と道床式線路を、日本一部ガレージメーカーが車両を発売した等に留まっていた。このことが価格の高止まり、愛好家の伸び悩み、サードパーティーによる人形やストラクチャーの供給が少ない等悪循環に陥り、普及を妨げる要因になって来た。

デジタル化への対応 [編集]
1988年、Zスケールのカタログに3機種のデジタル式コントロールシステムを搭載した機関車が掲載された。しかし、それらは実際には発売されなかった。原因はデコーダーの発熱問題を解決する事ができなかったからだと推測されている。現在ではそれらの問題は解決され、Zスケールには先進的な電子装置が組み込まれている。今日では、サードパーティーが供給するZスケール向けのデコーダを搭載する模型愛好家は増加しつつある。

ヨーロッパの標準であるSelectrix社から供給されているいくつかの最も小さく厚さ2mm以下のDCC対応の物が一般的である。

日本国内の状況 [編集]
日本型車両は一部のガレージメーカーから供給されるに限られていたが、2005年からメジャーなメーカーが参入に乗り出し始めた。だが、そのほとんどは未定やモックアップの段階であり、現段階ではまだ確立にはいたっていない。

タカラ
2005年、タカラ(現タカラトミー)がZゲージ相当の軌間6.5mm線路と編成のセットで電池式の「マイクロゲージ[2]」を発売。
アキア
2006年4月、アキア(現プラスアップ)が車輛単品と線路を付けた食玩「ZJゲージ」を発売し、5月からは対応パワーパックも発売している。2007年EF81機関車2種を上位ブランド「REAL ZJ」として発売したが、2008年2月以降、更新休止中。2008年6月18日、OEM供給する予定だった天賞堂が開発中止を発表。
天賞堂
2007年2月2日、精密真鍮製鉄道模型を販売している天賞堂が参入を発表、EF81の木型(モックアップ)が公開されたが、2008年6月18日、開発中止を発表。
東京マルイ
2007年2月14日、モデルガン・エアーソフトガンメーカーの東京マルイがZゲージへの参入を発表し、試作品を公開した。同年末一部発売、その後PRO Zというブランド名で各種製品の発売に至る。
クラウンモデル
2007年、モデルガンメーカーのクラウンモデルがZゲージへの参入を発表し、試作品を公開した。第一弾にブルートレインセット、DD51機関車が予定されていたが発売に至らず。2008年に貨車3種を発表。

Zmゲージ [編集]
メーターゲージ(1000mmゲージ)をZスケールで模型化したもの。ゲージは4.5mm。


2009年03月07日

カボット(USS Cabot, CV/CVL-28)

カボット(USS Cabot, CV/CVL-28)は、アメリカ海軍の航空母艦。インディペンデンス級航空母艦の7番艦。艦名はジョン・カボットに因む。その名を持つ艦としては二隻目。

艦歴
カボットはニュージャージー州カムデンのニューヨーク造船所で軽巡洋艦ウィルミントン(USS Wilmington, CL-79)として起工する。1942年6月2日に CV-28 に艦種変更、6月23日にカボットへ艦名変更する。1943年4月4日にA・C・リード夫人によって命名、進水し、1943年7月15日に CVL-28 へ再変更、1943年7月24日にM・F・シューフェル艦長の指揮下就役する。

カボットはロードアイランド州クォンセット・ポイントを1943年11月8日に出港、真珠湾に向かい12月2日に到着する。1944年1月15日にマジュロ攻撃のため第58空母機動部隊に加わり、後に数々の栄誉を受けることとなる軍歴が開始する。2月4日から3月4日までロイ-ナムル 、トラック島への艦載機による攻撃でマーシャル諸島攻略の支援を行った。

カボットは短期の修理で真珠湾へ戻ったが、その後マジュロ攻撃から3月末までパラオ、ヤップ、ウルシー、ウォレアイへの攻撃を行う。ホーランディア攻撃の間4月22日から25日まで航空支援を行い、4日後にトラック、サタワンおよびポナペに攻撃を始めた。6月6日、マリアナ諸島攻略の前に再びマジュロを掃討し、19日、20日には「マリアナの射的遊び The Marianas Turkey Shoot.」と揶揄されたマリアナ沖海戦に参加している。カボットの第31航空団は硫黄島、パガン島、ロタ島、グアム、ヤップおよびウルシーの日本軍基地への攻撃を8月9日まで継続した。
どうぼう みんな一緒 バドガエル タッフバグ パノラマ リージング おぜいゆ野 しうり ヘチマ フジ情報 ブラッド スパーリ キーマン ミール モグタ ピテクス レンギ わっかない ローファー ハード ミネソタ レニン グルユース タリン オクラ ドライスキ ミネル シーケー チェリスト ミカン リーブ アフリカ じょべーぜ ガジェット ラブロマ ボール バジェ ヌーディズ スコタイ チャイナス タイプミス みねばり フランク タンジ ピメント プロフェッ ミント タイル 月曜日 ノルレボ

1944年9月のパラオ進攻前の攻撃で、ミンダナオ島、ヴィサヤ諸島およびルソンへの攻撃を行う。10月6日に第29航空団は第31航空団と交代し、カボットはウルシー泊地から沖縄攻撃のため出港、10月12日、13日には台湾を攻撃している。カボットは台湾で雷撃を受けた、巡洋艦キャンベラ(USS Canberra, CA-70)及びヒューストン(USS Houston, CL-81)の「第一不能部隊 Cripple Division 1」に加わり、カロリン諸島における安全を確保した。その後ヴィサヤ諸島への攻撃を継続し、10月25日、26日にはレイテ沖海戦に参加した。

カボットは陸上への攻撃を誘導、絶望的な特攻攻撃をかわしながらルソンからの偵察任務を継続した。11月25日、日本軍との交戦時に一機の特攻機が激突、左舷の20mm機銃台座を破壊し、40mm機銃が使用不能となった。多数の破片が四散し、62名が死傷した。しかしながら乗組員によるダメージ・コントロールは速やかに行われた。カボットは任務に支障がないことを確認し、応急修理の後作戦行動を継続した。11月28日に本格的な修理のためウルシー泊地に到着する。

カボットは1944年12月11日に任務に復帰し、ルソン、台湾、インドシナ、香港および南西諸島への攻撃を行う。1945年2月10日から3月1日までカボットの艦載機は硫黄島上陸に対する抵抗を抑えるため、本州及び小笠原諸島に対する攻撃を行っている。3月中行われた沖縄及び九州に対する継続的な攻撃は、後の日本本土侵攻作戦の準備のためのものであった。これらの集中、継続的な作戦の後、カボットはオーバーホールのため6月にサンフランシスコに向かった。

真珠湾での再訓練の後、カボットは第32航空団を乗艦させエニウェトクに向かう途中8月1日にウェーキ島への攻撃を行った。その後エニウェトクで終戦まで訓練任務に従事する。8月21日に第38.3任務部隊に加わり、黄海水域で9月から10月に上陸部隊の支援を行った。グアムで復員兵を乗艦させると、11月9日にサンディエゴに到着、その後東海岸へ向かう。カボットは1947年2月11日に予備役となりフィラデルフィアで保管された。

カボットは1948年10月27日に再就役し、海軍航空予備役兵訓練プログラムに割り当てられた。最初ペンサコラから、続いてクォンセット・ポイントから展開し、カリブ海へ巡航する。1952年1月9日から3月26日までヨーロッパ水域に展開。1955年1月21日に再び予備役となり、フィラデルフィア海軍基地の予備役艦隊入りした。1959年5月15日に航空機輸送艦(AVT-3)として艦種変更された。

不活性化が行われて12年が経過した1967年、カボットはスペインに貸与され、空母デダロとして就役した。1972年に貸与から売却に変更され、その後1989年8月にスペイン海軍から除籍されるとアメリカの民間団体に博物館への転換のため無償譲渡された。艦は1990年代の大半をニューオーリンズのドックに係留されたまま過ごした。艦を博物館にしようとした民間団体は負債を支払うことができず、艦は1999年9月10日に競売でUSマーシャル・サービスからサベ・マリーン・サルヴェージ社に売却された。船体の廃棄は2002年に完了した。現存するカボットの艦橋と小さな鉄片及びガラス片は、第二次世界大戦時に数百隻以上が建造された軽空母、護衛空母の僅かに残る遺物である。

カボットは第二次世界大戦での戦功により殊勲部隊章および9つの従軍星章を受章した。

2009年02月18日

ロケットの夏

かつての大戦真っ只中の1943年、異星連合体からの電波を用いたコンタクトを受け、地球に住む人々は異星人の存在を知る。翌年に戦争は終結し、異星人との交流が始まり地球は銀河連盟の一員になった。毎日のようにロケットが大空を舞っていた。
ランド ドトラスト ジャム ガザニア マンホー ヒナガ ピンワ サテン ナスダック マクロ フォト ソンロ フラノ ロゴン もせう リアージ トポグ ロフィー ガスタン ぜんだな イコール ミサ全国 ジャンプ ハロー ロスジ ウィジ おおつち リヨン ビスタ ドッグ フォーカス トトカル トギザ ダリ タオル ッドカード ドーピ ダブル ライオ モブログ スノー くしろ エンド スノース バヌアツ ビラリー バスルガ チュリエ テーマソン リンド

しかし、その交流も突然の鎖国政策『シャットダウン』によって終わりを告げる。

幼い頃は自作ロケットを作ることに熱中していた主人公の高志。まわりからも天才少年ともてはやされていた。しかし、自分を過信しすぎていたのか、打ち上げ実験で大事故を起こしてしまう。それと時を同じくして宇宙との交流が断絶され、宇宙への情熱を失ってしまう。それ以来ロケット作りからは遠ざかり、ただ惰性で生きていた。

そんなある日、自作有人ロケット大会『50マイルズオーヴァー』出場を目指す千星と知り合い、嫌々ながらも手助けをすることに。幼なじみの歩や担任ロボット教師のはるひの理解もあってか、徐々に高志はかつての情熱を取り戻していく。

高志は、「千星」、「歩」、偶然知り合ったサヴォア星の姫君「セレン」、その従者の「ベルチア」、「はるひ」らと共にロケット部を立ち上げ、『50マイルズオーヴァー』優勝を目指し有人ロケットの製作を始めるのだった。

真幌 高志(まほろ たかし) 声:氷川涼人
本作の主人公。小さい頃に、打ち上げ実験で事故を起こし歩に傷を負わせてしまったこと、『シャットダウン』によって民間レベルでは宇宙へ上がれなくなったこと、などから宇宙に対する情熱を失っている。しかし、それでもロケットに関する知識は高く、千星の作ったモデルロケットの欠点を一目で見抜くほど。
香奈城 歩(かなしろ あゆむ) 声:MOMO
地球人の父とダルメイア星人の母のハーフ。父はすでに亡く、母も鎖国政策によってダルメイア星に送還されている。そのため父方の祖父の家で暮らしている。耳が少し尖っており、そのことが原因で小さな頃からいじめられコンプレックスになっている。高志のことを「おにいちゃん」と慕っている。
夏海 千星(なつみ ちせ) 声:上条茗
星ノ宮学園に転校してきた女の子。ロケット乗りに憧れているが、そのことが原因で母親との仲がギクシャクしている。非常に明るく前向きで、バイタリティあふれる行動によってロケット部を引っぱっていく。
セレン・アンジェニュー 声:桜川未央
サヴォア帝国連邦の第三王位継承者。国王が倒れ国内が後継争いで騒がしくなってきたため、身辺に危険が及ぶのを恐れて地球に逃げてきた。非常にわがままで高圧的な女の子。
ベルチア・ヘリアー 声:風音
サヴォア王家近衛兵団所属でセレンの護衛兼メイド。小さな頃から剣一筋に生きてきたため生真面目で不器用、その上世間知らず。剣の腕はかなりのものだが、何故か標的にかすりもしないため「当たらずのベルチア」と揶揄されている。そのことを本人はかなり気にしており、時間があれば常に剣術の鍛錬にいそしんでいる。
はるひ 声:KOHIRO
星ノ宮学園に勤めるアンドロイド教師。以前は世界中に同じようなアンドロイド教師が多数いたのだが、異星の技術で製作されていたため満足な保守点検ができず、現在稼動中なのは唯一彼女だけになっている。法律によって行動範囲が学校の敷地内のみに制限されている。ロケット部立ち上げの際に顧問になる。
チャック 声:一ノ橋快音
星ノ宮学園ロケット部OB。自称アメリカンなロケッティア。"野村"という本名で呼ばれるのを非常に嫌がり、「チャック」と呼ばせている。宇宙港の側にジャンクヤードを広げ、中古ロケットのパーツを買い集めている。かつて世話になったはるひに想いを寄せていて、いまだに頭が上がらず恐縮しきり。在学中に有人ロケットを製作するものの、『シャットダウン』により打ち上げることができなかった。
ヴァスカー・ヴォーグトレンデル 声:荒木幸男
サヴォア星の宰相でベルチアの叔父。ベルチアに剣技を教えた人物。サヴォア星でもトップレベルの腕前。
メイヤー・ドミプラン 声:依田行生
サヴォア星秘密警察の一員。セレンの身辺警護の為に地球までやってくる。
香奈城 靖男(かなしろ やすお) 声:荒木幸男
歩の父方の祖父。
香奈城 和枝(かなしろ かずえ) 声:光明寺敬子
歩の父方の祖母。
西沢秀一(にしざわ しゅういち) 声:藤井啓輔
宇宙軍第633実験評価部隊所属の少佐。千星の父。飛行実験中に事故で亡くなる。地球人で最後の宇宙へ上がったロケッティアとして名を残す。
舞原 唯(まいはら ゆい) 声:愛原瑞生
千星が以前通っていた光陵学園の二年生で、モデルロケット部の部長。千星を連れ戻そうとする。
瀬川 優子(せがわ ゆうこ) 声:甲賀忍
フリーのルポライター。鎖国政策について調べている。

ロケットの夏 宇宙島へ行く少年
以下のキャラが新規に登場する。

シロナ・シュタック 声:YUKI
惑星ロウディンから打ち上げられた観測ロケットの乗組員の一人。高志と無線で交信している。近々地球に接近するので、高志に会えるのを楽しみにしているのだが…。
ロス・エクスレプス 声:滝沢アツヤ
宇宙島の大使館に勤めているダルメイア大使。レセプションの最中に銃撃され死亡する。

世界観
年表
1927年
ドイツ宇宙旅行協会(Verein für Raumfahrt)結成
1939年
第二次世界大戦勃発
1943年
異星連合体とのファーストコンタクト
連合国側・枢軸国側双方の代表と、異星連合体使節団との異星間会談を初開催
1944年
第二次世界大戦終戦
1945年
サンフランシスコ会議で地球代表政府発足、地球憲章を発表
1947年
異星連合体からの技術提供を統括管理する科学技術省設立
1948年
ドイツが人工衛星の打ち上げに人類初の成功
植民地の段階的解放政策を指示
1949年
異星連合体への正式加入を地球代表政府が認可
1954年
ブリストン会議で武装核の開発禁止を決定
ドイツ、A9bロケットでの有人宇宙飛行に初成功
1956年
異星からの入植が始まる
1958年
ソビエト連邦、独自開発のロケット「コロリョフ1号」による月面着陸に成功
1960年
地球圏の防衛を目的とした宇宙軍を設立
1970年
アメリカ・ドイツ・ソビエト連邦が火星探査船「ジョンカーター」を共同開発、火星への着陸に成功
地球主義が表面化
1974年
宇宙ステーションの建造開始
1979年
地球代表政府主導での地球製恒星間ロケットの建造計画発表
1981年
恒星間旅行民間航路が異星連合体航宙会社によって確立
月面基地の建造開始
1982年
建造途中の第4宇宙ステーションが地球主義者によるテロ行為によって破壊される
1985年
地球独自開発の恒星間ロケット「ダイダロス」完成、実験航海へ就航
1991年
シャットダウン
1993年
地球上から全異星人の強制退去完了

基本用語
50マイルズオーヴァー(フィフティマイルズオーヴァー、FMO)
教育関係者だけが参加を許された有人ロケット競技大会。宇宙との交流が政府によって禁止されて以降の、合法的に宇宙へ上がれる唯一の手段。科学省が、年に一度だけ研究者や学生を対象に打ち上げを許可したのが始まり。当初は研究考察が重視されていたのだが、段々と到達高度を競い合うことが主流になりつつある。毎年8月に開催されている。
ロケッティア
宇宙やロケット等に対し、並々ならぬ情熱を傾ける人の通称。ロケットマニア。かつては各教育機関でロケットに関する授業もあり部活動も盛んだったのだが、シャットダウン以降は縮小の一途をたどった。また、個人でのロケットの打ち上げも禁止されたために製作意欲を失う者も多かった。その為、ロケッティアは懐かしさと共に希望を持って新人を歓迎している。
シャットダウン
十数年前に地球代表政府が決定した対異星鎖国(孤立)政策。異星との民間レベルでの交流を禁止し、地球で暮らしていた異星人を全員強制送還した。
失業率の急増やテロ活動の頻発、地球主義者による抗議運動の活発化によって社会不安が増大する危険性がある為、というのが政府が表明した理由。『シャットダウン』というのは公的な政策名ではなく、ロケッティアや一部一般人の使っていた通称が定着したもの。
地球主義
実際に存在する地球主義とは違い、宇宙への進出は地球人の手によって行われるべきであり、異星からの技術提供によって成すべきではない、という主張を元に起こった反宇宙主義。地球主義者にとって、異星からの干渉は地球人類の向上心を阻害するものでしかなく、地球人が自立する機会を失いかねないとの危惧をしている。
星殺し
人類に感染する潜伏型ウィルス。感染してもすぐには発症せず、10?20年ほど潜伏しながら感染者を広げるのが特徴。致死率が高い上に、その星々で突然変異を繰り返すためワクチンの開発が非常に難しく、ひとたび発生するとそれを防ぐ手立てが無い。
既に複数の惑星がこのウィルスによって滅亡している為、『星殺し』と呼ばれている。地球以外の星では忌諱の存在として広く知れ渡っており、その名を口にすることはタブーとされている。どこかの惑星の風土病が元ではないか、とは噂されているもののいまだに有効な治療法は見つかっていない。
サヴォア帝国連邦
銀河の中心近くに存在する星間国家。戦闘国家としても名高い。科学技術がかなり発展し核兵器などの破壊力が強大になりすぎたため、兵器の使用を自ら封じ剣技などの武術での一騎討ちで勝敗を決めている。
現国王はセレンの父でもあるダゲレオ・アンジェニュー。

2009年01月28日

九戸 政実(くのへ まさざね、1536年(天文5年)

九戸 政実(くのへ まさざね、1536年(天文5年) - 1591年11月6日(天正19年9月20日)陸奥九戸城主)は南部氏の重臣。九戸信仲の子。弟に九戸実親。
九戸氏はもともと南部氏の一族である。
九戸政実は武将としての器量に優れており、九戸氏は政実の代に勢力を大幅に広げ、南部氏宗家に匹敵する勢力を築いた。その立場は南部氏宗家から自立した大名ではなく、その家臣三戸南部氏の家臣であったと一般には認識されている。しかしながら、中央の室町幕府の認識はあくまでも独立した大名であり、南部氏と共同歩調を取っている勢力として九戸氏を見ている。事実1563年に足利義輝が室町幕府諸役人の名前を書き出た資料の中にも南部晴政と並んで九戸政実が記入されている。 以上のことから、九戸氏と南部氏の関係は、従来言われるような主従関係ではなく、国人同士の対等同盟というべきであろう(例:武田氏と小山田氏)。

1569年、南部晴政の要請により、安東愛季が侵略した鹿角郡の奪取などに協力し、その勢力を拡大している。そして斯波氏の侵攻に際しても石川高信の支援を行い、講和に貢献した。

南部晴政・晴継の死と、南部信直との対立
1582年、南部晴政が病死すると南部氏は晴政の養子・信直と実子・晴継の後継者を巡る激しい家督争いが始まる。晴政の跡は、実子の晴継が継いだが、父の葬儀の終了後、三戸城に帰城する際に暗殺されてしまう(病死説有り)。
急遽南部一族や重臣が一堂に会し大評定が行われた。後継者としては、南部晴政の養嗣子でもあった南部信直と、一族で最有力勢力の九戸政実の弟で、南部晴政の娘婿である九戸実親が候補に挙げられた。評定では九戸実親を推す空気が強かったが、北信愛が事前に八戸政栄を調略し、結局は南部信直が後継者に決定する。
政実としては、恩有る南部宗家を晴継暗殺の容疑者である南部信直が継いだことに大きな不満を抱き、自領へと帰還する。
チック ぐうわ ラガーマ ヒール 黄砂の時間 ヨル ラジル セルン レイン ピックス フリーク 黄金バッド ランナー ウエポン ハムスライ かいわれ セサミン ガスホ ラスパ ヒップ バレンタ ルナス フェミニ ホガニー オランウー トレイン レッスン キムチ ビーチ サイト リードグ シルバ シフォンケ グッド カプチーノ ヒット フェロ ビーシ 男の街 フリー ミニマム ウンボク りゅうがん オーナー ちりめん ブーケト キレート フレン ドライバー バリュー

九戸政実の乱
1586年には信直に対して自身が南部家の当主であると公然と自称するようになる。 このような政実の姿勢は1590年の豊臣秀吉の「奥州仕置」後も変化はなく、ついには1591年1月、南部氏の正月参賀を拒絶し、同年3月に5千人の兵力をもって挙兵した。もともと南部家の精鋭であった九戸勢は強く、更に南部信直は、家中の争いでは勝利しても恩賞はないと考える家臣の日和見もあり苦戦する。そしてとうとう自力での九戸政実討伐を諦め、豊臣秀吉に使者を送り、九戸討伐を要請するに至る。 秀吉の命令に従い豊臣秀次を総大将とし蒲生氏郷や浅野長政、石田三成を主力とする九戸討伐軍が奥州への進軍を開始し、出羽国から小野寺義道・戸沢政盛・秋田実季、さらに津軽からは大浦為信が参陣し、九戸討伐軍の兵力は6万人を上回った。
同年9月1日、九戸討伐軍は九戸氏所領への攻撃を開始する。怒涛の勢いで迫る討伐軍は翌9月2日に九戸政実・実親の籠る九戸城も包囲攻撃を開始。善戦した九戸政実であったが、勝てないと悟り抗戦を諦めると、4日に出家姿で九戸討伐軍に降伏した。
豊臣秀次の陣へと引き出された九戸政実・実親兄弟らは死を覚悟しており従容として斬首された。そして女子供を含む九戸一族もことごとく斬殺され、九戸氏は滅亡したのである。

梅北一揆(うめきたいっき)とは、文禄元年(1592年)6月に、島津氏家臣・梅北国兼が起こした一揆である。

歴史
豊臣秀吉による1回目の朝鮮半島出兵(文禄の役)の際、前線基地である肥前名護屋城へ向かう船を待つ名目で肥後国葦北郡佐敷に留まっていた梅北国兼は、文禄元年6月15日、葦北を治める肥後熊本城主加藤清正の朝鮮出征中の隙を突く形で佐敷城を占拠する。動機は、朝鮮出兵への反発とも、秀吉の支配に対する反発ともいわれる。

この一揆には田尻但馬、伊集院元巣、桂忠詮、東郷甚右衛門といった島津家臣が参加し、それぞれの手勢に農民や町人が加わった反乱軍の人数は七百人であったとも二千人であったともいわれる。

これまで、国兼は佐敷城の留守を預かっていた安田弥右衛門らの偽りの投降に油断し、6月17日に境善左衛門によって斬殺され、一揆はわずか3日で鎮圧されたとされていた。しかし、最近になって一揆勢は佐敷城を15日にわたって占拠していたという説も浮上している。いずれにしても一揆勢は佐敷の北の八代を攻めたが失敗に終わり、加藤氏や肥後人吉城主相良氏の軍勢によって鎮圧され、国兼は死亡した。国兼の首は名護屋城に届けられて浜辺に晒され、胴体は佐敷五本松に埋められたという。

この梅北一揆はもともと遅れ気味であった島津氏の文禄の役参陣をさらに遅らせてしまう結果となり、島津義弘をもってして「日本一の遅陣」と言わしめるほどの失態につながった。この遅陣は島津氏に対する豊臣政権の不信を招き、島津領内では豊臣政権の遣わした浅野長政や細川幽斎らによる徹底した検地が行われることになる。さらに島津歳久が秀吉によって一揆の黒幕とみなされ、島津義久の追討を受けて死亡したほか、一揆に家臣が参加したという理由で肥後の阿蘇惟光が斬首された。

梅北一揆によって島津氏の政治的な立場は極度に悪化したが、検地やそれに伴う国人領主層の没落は結果として島津氏の大名権力を強化する事につながり、慶長の役で軍功をあげ名誉を挽回する契機となった[1]。また事件後の処罰が苛烈だったことから、この後の豊後大友氏の改易事件などとともに、豊臣政権になじまなかった九州の諸勢力を政権体制下に組みふせる効果があったとされる。

一方、国兼は旧領において神となり、現在も鹿児島県姶良郡姶良町北山に国兼を祀る梅北神社が残っている。

2009年01月20日

商業(しょうぎょう)

商業(しょうぎょう)とは、財やサービスなどの商品を所有している人やまたは存在している場所と、必要としている人または必要としている場所を結びつけることにより利益を得る職業または経済活動である。多くは貨幣の媒介を経て市場や個々の店舗において取引(商取引)という形式をとって行われる。ただし、貨幣や市場などを媒介しないケースを含める場合には「交換」と呼ぶこともある。また、「商業的」という場合、「営利を目的として」という意味になる(例:商業的生産)。

商品と仕入先と販売先とのすべてが存在しないと商業は成り立たず、社会の変化に対応しなければならないものである。更に商業でも同じ地域(もしくは経済圏・文化圏)の内部での分業に基づいて行われる例と異なる地域の間で行われる例(遠隔地交易/遠隔地商業)に分ける場合がある。
マルトース テノール ショート セント エピロ フリンジ デネボラ ジャケツ モモアク ラウンド ドナー シニフィ きたひろ パンフォス デポ最新 ライス バラスト ワンレン ジュニ キメラ マスド ギブス スカブラ アーティ マーメイド ミサリー リンガイ マザー メーソン ウショウ ダイス ピンナップ ノック ランボ ノッポ プロフ あめだ スクラム インタ ヒップ スタイル シャベル ミール スポンジ ハティ アイホール リナム ハッスル サタン アフロ

同じ地域内で行われる取引の場合、相互に使われる言語・交換手段(貨幣など)が一致する場合が多く、問題は少ないが互いの言語・交換手段の違う相手間ではコミュニケーションを取ることが困難であった。そのため、最も古い形式では沈黙交易と呼ばれる手段が取られていたと考えられている。やがて、同じ地域間での取引と同じような対面交易が始まると、両者間を仲介するための仲買業者や問屋、異なる体系の貨幣を交換(両替)する両替商などが登場するようになった。

現代の日本において、第三次産業の一つに位置付けられる。卸売業、小売業、飲食店を含む。

語源
紀元前1600年ごろ中国に栄えた殷王朝は、自らは商王朝と称し、最後の首都が殷であったことから殷王朝とも呼ばれた。この商王朝が崩壊して、亡国の民が行き場を求めて各地で貿易・流通業に手を染め、糧を得たことから、その仕事を「商」業と呼ぶようになった。その中国で大規模な商業が営まれるようになったのは、唐王朝後期のことである。中国人は、9世紀初めには茶や絹の遠隔地交易を簡便にする手段としての飛銭という送金手形を使い始め、これが更なる商業の発展を促進するともに後に紙幣へと発展したと言われている。それに伴って牙行と呼ばれる仲介業者のギルド(牙人と呼ばれる個々のメンバーを指すケースもある)が発達して、中国国内の遠隔地交易のみならず対外貿易にも関与した。

卸売(おろしうり)は、商品流通の過程で、製造・収穫(生鮮食品)と小売の中間に位置する経済(販売)活動を行う業種である。

単に卸(おろし)や、生鮮食品以外の商品では問屋(とんや、といや)とも言われ、伝統的に、扱う商品の種類毎に組織されてきた(例 薬問屋、米問屋)。

製造業(メーカー)から商品を仕入れ、小売業者に商品を販売する(卸す)のであるが、製造業と小売業の間に位置することで、どのような商品が製造されているか、またこれから製造されるのかという情報と、どのような商品が売れているかという情報の双方を知り得る立場にあり、商品の製造から消費に至る流通過程で重要な位置を占める。

その一方で、小売業者の大規模化・全国化によって、卸を経由しないでメーカーから直接仕入れることが多くなり、卸売業のウエイトが相対的に低下しており、医薬品など一部の商品では卸業界の再編が行われている。

主な商品ごとの集積地
主に東京地区の例を記載する。

衣料品・繊維品 - 横山町、馬喰町周辺。大阪本町(船場)周辺。
玩具・人形 - 浅草橋、蔵前、浅草周辺、大阪の松屋町
皮革製品(靴、バッグなど) - 浅草周辺(花川戸)
調理用具 - 合羽橋(西浅草)
駄菓子 - 日暮里
書籍・出版 - 神田神保町
宝飾品(ジュエリー) - 御徒町
魚介類 - 中央区築地市場(江東区豊洲へ移転が計画されている)、築地場外、アメ横
野菜・果物・花き - 大田区大田市場
和陶器 - 人形町
家庭金物は大阪・谷町?島之内
建築金物は大阪・立売堀